Life Of Pi

「ライフ・オブ・パイ」、ベンガル虎がリチャード・パーカーだった理由

by • March 3, 2013 • Gossip, Latest NewsComments (0)66504

Why Was The Bengal Tiger’s Name ‘Richard Parker’?

ライフ・オブ・パイ、アカデミー賞で監督賞に始まり視覚効果賞、撮影賞、作曲賞の最多4冠に輝いたはずです。チャプター11申請を余儀なくされたRhythm & Hues(リズム・アンド・ヒューズ)が製作した息を呑む映像美に加え、胸に迫るストーリー展開をみれば、至極納得。今さら映画の感想を述べても仕方ないので、ここでは映画のなかに隠された謎に焦点を充て追求してみました。

1)なぜベンガル虎の名前がリチャード・パーカーだったのでしょう?
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リチャード・パーカーと聞いて、聞いたことがあると思ったあなたはアメコミ通。ご存知「アメイジング・スパイダーマン(The Amazing Spider-man)」の主人公であるスパイダーマン、ピーター・パーカーの父親がリチャード・パーカーです。あえて言わせていただくなら、「ライフ・オブ・パイ」と「アメージング・スパイダーマン」にそろって出演していた俳優こそ、イルファン・カーンその人。もっと言わせていただくと、もともとカナダ人作家の役として白羽の矢が当たっていた俳優が「アメージング・スパイダーマン」に主演したアンドリュー・ガーフィールド、そしてアンドリュー以前の元祖スパイダーマンだったトビー・マグワイヤだったというから面白い。

話が脱線してしまいました。

リチャード・パーカーという名前は、難破船から九死に一生を得てパイとともに海に漂流することになった虎にこれ以上ない名前です。映画では、書類上の間違いで虎の本来の名前Thirsty(のどカラカラ)から虎を生け捕りしたハンターの名前リチャード・パーカーにすり替わったことになってます。

ところが、リチャード・パーカーという名前は実際に存在した人物の名前なんです。1884年5月19日、イギリスはサザンプトン港からオーストラリア・シドニーへ向かった船「ミニョネット(Mignotte)」。小型船舶だっただけに、乗組員は船長のトム・ダドリーをはじめ、エドウィン・スティーブンス、エドマンド・ブルックス両名の大人、そして当時17歳だったリチャード・パーカーの4人のみでした。順調に進んでいた航海は、開始から約2ヵ月後に誰も想像できなかった悲劇へ変貌を遂げます。

希望岬から2600km、1秒間に17-20m近い強風に見舞われた日、小船はいとも簡単に大波に呑み込まれてしまいました。たった5分で海の波間に沈んでいった「ミニョネット」から辛くも脱出できたものの、長さたったの4m、厚さわずか6mmの救命ボートで生き残るには、誰かが犠牲にならない事実が乗組員の頭をかすめます。

4人を救ったボート。映画より頼りない小船です。
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海亀を生け捕りにして血を啜り、肉から骨までたいらげても、飢えはしのげず・・・ダドリー船長とスティーブンスは、妻子をもたない17歳の少年リチャード・パーカーに焦点をしぼります。

ブルックスを含め3人で何度かの協議を経て、リチャードが病気で弱った頃を見計らい、ついにダドリー船長とスティーブンスはリチャードの頚動脈に小型ナイフを突き立てたのでした。死亡してからでは血が凝固してしまうので、一刻を争っていたからです。刺された直後、リチャードは「What me?(なぜ僕なんだ)」とつぶやいたといいます。乗組員はリチャードの犠牲により生きながらえ、同年9月にドイツ船に発見されました。

無事生還後、船長のダドリーとスティーブンスは英国で食肉殺人罪に問われ「レジーナ対ダドリー、スティーブンス」として裁判にかけられます。結局、リチャードを殺害しなければ生存できないという世論の判断もあって、死刑から禁固6ヵ月へ減刑されました。

ベンガル虎の名前は、17歳でリチャード・パーカーへのトリビュートというわけなんです。映画本編でも、カナダ人作家と成人のパイがハーバーに場所を移して独白中に、「ミニョット号」が登場します。こうしてみると、「ライフ・オブ・パイ」の観方が変わってきませんか?

こうした事実を理解すると、映画の最大の謎解きにグンと近づいた気がしませんか?シェフがわざわざフランス人大物俳優のジェラール・ドパルデューだったり、仏教徒である日本人水夫がパイ一家に手を差し伸べるシーンが挿入されていた理由に、私は深くうなずいてしまいました。なお、「ライフ・オブ・パイ」の原作では、虎との漂流について200ページも割いており、もうひとつについてはたったの7ページだといいます。

もうひとつ。

2)難破した日本の貨物船の名前が「ツィムツーム」でしたよね。
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日本語らしくない名前で、不思議だったでしょう?それもそのはず。そもそも「ツィムツーム」とは、「Tsimtsum」と表記されヘブライ語なんです。16世紀に誕生したユダヤ教の神秘主義、カバラの創始者アイザック・ルリアが用いた言葉。「縮小(Contraction)」を意味します。ざっくり言ってしまうと、神は無限の光を「縮小」して世界を創造したという説。転じて、神が光を「縮小」した分、人類は「縮小」した光を創造せねばならず、そのために神は人類の傍に存在するというもの。パイが瀕死の状態で神に語り掛ける場面と、合致しませんか?また、パイ自身も子供時代にヒンズー教、キリスト教、イスラム教に傾倒しただけでなく、成人になってカバラについて教鞭をとったとカナダ人作家に語っていましたよね。さり気ない一行に、こんな意味が潜んでたいたわけです。

一方で、やはりインド人が主人公だったせいかヒンズー教への敬意が随所に現れています。覚えていらっしゃいますでしょうか、パイがひと時の安息を得た島を。昼は穏やかながら、夜に人食い島と化すあの島です。海面からその姿を映し出していましたが、ビシュヌ神を型取っていましたよね。ちなみにビシュヌ神はパイが好んだ神でもあり、船が沈むマリアナ海溝の形にも表れていました。

映画とは別に。

スペイン駐在カナダ大使を父にもつ本作の作家ヤン・マーテル。スペインで生まれた彼は父親の血を別の文脈で発揮し、イランをはじめトルコ、そしてインドでは13ヵ月にわたって滞在しました。その間にキリスト教会、モスク、寺、動物園に通ったといいうので、そこでの経験が「ライフ・オブ・パイ」に繋がったことが分かります。

ただし、インド在住での経験のみがインスピレーションではありません。ブラジル人作家のMoacyr Scliarによるジャガーとの漂流生活を余儀なくされた「Max and the Cats」から強い影響を受けているそうで、マーテル自身も言及しています。ただ、作品を公表する前にScliarと話し合っていなかったようで、「ライフ・オブ・パイ」出版後にScliar自身から批判を受ける羽目になってしまいました。

ナチスドイツ政権下で、ブラジルへ脱出を図ったユダヤ人マックスの物語です。
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視覚効果賞でのアカデミー賞受賞スピーチだけでなく、名作誕生の影にいろいろ大人の事情が錯綜してたんですね。

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